教育普及研究部会過去の活動

日時
2012年11月22日(木) ~2012年11月24日(土)
11月22日15:00開始~11月24日16:30終了
場所
東京都美術館 アートスタディルーム及び講堂

第40回教育普及研究部会会合報告

 2012年度1回目の会合は、ドイツの博物館で青少年教育にたずさわる方々との交流、アメリカのメトロポリタン美術館とリニューアルした東京都美術館それぞれで新たな教育普及活動に取り組む方々との意見交換の機会に恵まれ、参加者にとっては大変刺激的な3日間となった。
 1日目は、今年度の活動予定について連絡を行った後、財団法人日本博物館協会(以下、日博協)が文科省から委託を受けて実施している「日独青少年指導者セミナー」の一環で来日中であるドイツの博物館教育関係者との交流を行った。
 ドイツからの7名のうち美術館勤務は1名だけで、産業博物館や子ども博物館の勤務者、青少年向けのワークショップを企画する団体で活動するエデュケーター等、所属は多岐にわたる。
 はじめに、9月に日本からドイツへ派遣された視察団の一員である東京国立近代美術館の一條彰子氏から、ドイツでの視察内容について簡単な報告を受けた。その後ドイツ側の参加者を代表して3名から自国での活動が紹介された。所属の多彩さからか、美術館についてというよりも、博物館施設全般に共通する話題が中心となった。
 その内容は、教育普及担当者が集まってできたドイツ連邦博物館教育普及連盟という会で策定した教育プログラムの品質基準について、子ども博物館での活動の様子、学校とは異なる博物館での自由時間の過ごし方について等、大変広範なものであった。ドイツでは歴史と向き合って学ぶことを重要視しており、博物館を“記憶するための装置”として捉えていること、また現在から過去を見直すという立場から、ただ事実を伝えるのではなく「あなたならどう思いますか?」と問いかけ、ディスカッションを促す展示の工夫がなされていること等は、ドイツの過去を鑑みるにあたり、非常に興味深いものであった。
 また、1980年代から教育普及活動が徐々に広まっていったこと、エデュケーターは学芸員よりも格下と考えられてきたが現在は状況が改善されてきていること、州によって教育制度が異なり、午前中で授業を終えた子どもたちが午後を過ごす場所の一つとして博物館が機能していること等が補足情報として伝えられた。子どもの誕生日を博物館で過ごすためのプログラムがあると聞き、ドイツの人々にとって博物館が日常生活の場の一つとして馴染んでいることに驚かされた。
 ドイツには、フリーランスで活躍するエデュケーターが非常に多く、NPOや社団法人から人材を派遣してもらうことで、小規模館でも多彩な教育プログラムの運営を可能にしているという話に、賃金等も含めてどのようなシステムで成り立っているのかに関心を持つ参加者も多かった。大学で教育学や美術史等を修めた若者がフリーランスとして経験を積んだ後、博物館に正式採用される流れもあり、その影響からか、日本で盛んなボランティア活動はドイツの博物館ではそれほど大きな活動とはなっていないようであった。専任スタッフの規模自体は日本とそう変わらないとの話に勇気付けられる反面、フリーランスのエデュケーターとの協働等、プログラム実施における人材不足をサポートする体制づくり等の新たな形態を考えるよい機会となった。
 2日目は、東京都美術館(以下、都美と記す)が企画・主催したフォーラム「美術館コミュニケーションデザイン‐『わたし』から始まる、物語の共有‐」に協力、参加した。美術館で起こる作品との出会いやそこから紡ぎ出される個々の物語に着目し、それらを共有することで人と人との関わりをつなぐ「拠点としての美術館」の可能性を多角的に考察する機会として開催されたフォーラムである。演劇や音楽等、他の芸術ジャンルとの比較や街づくりに関連付けて考察した平田オリザ氏の基調講演のほか、シンガーソングライターの大貫妙子氏の話、平田氏と日比野克彦氏との対談等、講師陣も多方向から「拠点としての美術館」を考える人選となっていた。
 また、メトロポリタン美術館(以下、METと記す)のエデュケーション部門における新たな活動や、都美で今春から始められたアート・コミュニケーター(通称:とびラー)の活動や研修、その基となる考え方についても詳しく語られた。
 METでは近年、館長及び教育部門のディレクターが一新されたのに伴い、教育普及活動の方針転換が図られた。それまで特別展を中心に企画されていたプログラムを、所蔵品展示に注目させるプログラムに変えたのである。METが所蔵する考古資料、民俗資料、美術作品、一つひとつのクオリティは決して低いわけではないが、他と比較して突出している訳でもない。しかし、総合博物館として一度に見られるものの豊富さはどこにも引けを取らないものであり、それこそが自分たちの強みであると捉え直したところから、新たなプログラムの検討が始まったという。会場ではMETのホームページで実際に公開されているアーカイブ「美術史タイムライン」や映像プログラム「コネクションズ」等が紹介され、内部スタッフとどのような議論を重ねて実現に至ったかをユーモアを交えて語ってくれた。
 METとは対照的に、都美は所蔵品をほとんど持たず、団体公募展や大型の巡回展の会場として利用される機会の多い美術館である。開催する展覧会の性質上、大勢の来館者を毎日迎えているが、来館者同士が交流することは少ない。しかし「美術に関心がある」という共通点たった一つで人々をつなぐことができるのは都美という場所の強み、という考えを軸に、来館者への働きかけ方をとびラーとともに探りながら活動し始めたところであるとのことだった。
 ちなみに都美が1970年代に建替を行った際に始めた「造形基礎講座」は、その後の日本の美術館における教育普及活動、とりわけワークショップの広がりに大きく影響している。新しいプログラム立案にあたっては、そのような過去の活動や考え方も随時参考にしているそうである。
 3日目は参加者をERGメンバー及びオブザーバーに限った関係者向け研究会とし、前日のフォーラムで紹介されたMETと都美の活動を、実践的な面、理念的な面からより詳しく聞いた。最後は参加者をグループに分け、それぞれの勤務する館の強みは何だと思うか、自分はどのようなプログラムをやってみたいか、等の意見交換を行い、各自の立ち位置を確認するとともに、今後の実践に向けて具体的に何をすべきか自身の考えを整理する時間とした。
 今回の会合では美術館で勤務を始めて日の浅い若手学芸員の参加が多く、これから教育普及プログラムを企画していく立場にありながら、正直どこから何に手をつければよいのか分からないと迷いや悩みを抱えている人も少なくなかったように思う。そんな中くり返し話題に上がった“自館の強みを把握する”というキーワードは、今後の活動を考えるヒントとなったに違いない。ごく当たり前でありながら思うように実践できていない、自館の強みは何かを認識する作業は、経験の長い学芸員にとってもこれまでの活動を見直し、新たな挑戦や方針転換を検討する契機になったと思う。(報告者 名古屋市美術館 清家三智)

出席者

会員 31名
オブザーバー 16名
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