第64回教育普及研究部会会合報告

内容:テーマ「部会員の海外留学・視察体験から考えるミュージアムの可能性」

〈第1部〉3月4日(水)16:45~18:45
 ・事例発表及び質疑応答「オランダで学んだ博物館学とヘリテージ・スタディーズ」
  発表者:佐藤麻衣子氏(個人会員)
〈第2部〉3月17日(火)13:30~16:00
 ・事例発表及びコメント「ニューヨーク、オーストラリアのミュージアムの事例」
  発表者:端山聡子氏(東京国立近代美術館)、松山沙樹氏(京都国立近代美術館)、
       吉澤菜摘氏(国立新美術館)
・グループディスカッション及び全体共有「自分自身が関わる教育普及活動は、美術館、利用者、社会とどうつながりあい、どのような変化を生み出しているか」

 教育普及研究部会は、近年部会員数が増加し、全国美術館会議の研究部会の中では、美術館職員の多様性を反映しやすい構成になりつつある。近年の会合では、会員館の活動を紹介し合い、美術館の日々の活動について議論できるようなプログラムの企画に努めていたが、時にはミュージアムの活動を広く長期的な視野・視点で捉える機会の確保も必要である。
 2023年度に当部会が企画した第38回学芸員研修会「利用者を起点に考える美術館の〈展示・学び・アクセシビリティ〉」では、さまざまな社会課題に向き合うことを目指したが、国内のミュージアムが未だ十分に検討できていない課題(例えば気候変動、ジェンダー不平等、植民地の問題等)の存在を再認識する契機となった。国際博物館会議(ICOM)の定義によれば、ミュージアムは「一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育」み、「倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに[略]活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する」機関であるが、優先して向き合う課題や、利用者との関わり方には、国や地域による違いもある。グローバルな目標として掲げられたSDGsも、日本のミュージアムでは、どれほどの実感を伴って活動に結びつけられているだろうか。
 グローバル化やインバウンドの進行により、美術館の利用者層にも変化が見られ、国際的な動向やミュージアムの使命を学び直すべき時機が到来している。一方、部会員が海外のミュージアムを視察できる機会は限られているため、近年の会合内容との調整を図る意図もあり、本会合のテーマを「部会員の海外留学・視察体験から考えるミュージアムの可能性」に設定した。4名の部会員に登壇の打診をした際には、ウェブサイトや本を読めば分かることだけでなく、自分自身が体験し考えたことも語って欲しいと依頼。発表者には、参加者の日常と世界を「つなぐ」役割を果たしていただくことを期待した。
 会合は第1部(3月4日)、第2部(3月17日)の2部構成で、いずれもZoomミーティングによるオンライン会議形式で開催。

第1部

 第1部は個人会員の佐藤麻衣子さんより「オランダで学んだ博物館学とヘリテージ・スタディーズ」のタイトルで、現地から事例発表をしていただいた。佐藤さんは水戸芸術館現代美術センターに勤務し、文化庁の海外研修制度を利用してオランダで研修した後、同地のラインワルトアカデミーで学び修士課程を修了。一時帰国中の口頭発表や、オランダ滞在中の執筆記事等でも、社会の課題に真摯に向き合って刺激的な話題を提供していたので、登壇の依頼に至った。
 当日は、インクルージョンやアクセシビリティのプログラム企画に力を入れてきた自身のキャリアの共有にはじまり、理論と実用双方の学びを深められるアカデミーのカリキュラムについての説明や、日本ではあまり馴染みのない用語「ヘリテージ」の解説、現地で体験したミュージアムやヘリテージ機関の社会課題(脱植民地化、気候変動等)への「介入」の事例、そしてこれまで語られてこなかった人や見えていなかった人の視点を可視化するプログラム企画提案(授業の課題の一部)や、修士論文の概要に至るまで、佐藤さん自身の気づきや考えを交えて分かりやすく語っていただいた。ミュージアムが変化を目的として行動を起こす「社会的介入」は、キャプションの書き換え、展示資料の変更、資料収集やスタッフ採用の方針の更新にも及ぶ。アクセシビリティの事業に携わる部会員は少なくないが、いわゆる教育プログラムとしてアクセス・プログラムを企画するだけでなく、ミュージアム全体が、過去や現在の力の不均衡や不公平に果敢に立ち向かう姿勢には、勇気づけられた参加者も多かったのではないだろうか。

 アンケートから、一部の参加者の感想を抜粋する。
・「昨今の排外主義の高まりに対して、ミュージアムが果たす役割はますます重要なのだと感じますが、地域の人々がミュージアムをそうしたことを考えたり学ぶ(こともできる)場だと認識しているかと考えると、やるべきことの多さに改めて途方もない気持ちになります。しかし、今日お話を聞きながら、美術に限らず幅広い領域も射程に入れていくことで、日本の教育普及の可能性も広がっていく期待も持つことができました。」
・「脱植民地化の考えにおいて、周縁化されてきた人々をいなかったことにしない、可視化すべきというお話が印象に残りました。」
・「[意識改革への働きかけについて]展覧会企画を待たず、教育プログラムから発信しても良いはずだと、これまでの自分の意識不足も反省しました。ただ、これがアートの難しいところだと思いますが、今の日本人の感覚では、こういった働きかけが、芸術鑑賞の意義を普及すること以上に、政治的有用性にフォーカスされてしまうのではないかということが懸念されます。」
・「多声で語られることの重要性についてイメージを広げていただくことができました。『倫理的でかつ専門性をもってコミュニケーションを図り』とは、こういうことなのだなと具体的なイメージを教えていただいたように思います。」
 なお、当日は参加者から字幕の利用希望があり、ZoomのCC機能が活用された。

第2部

 会合第2部は、第1部の約2週間後に開催。2025年度にアメリカ合衆国のニューヨークと、オーストラリアのミュージアムでインタビューやプログラム見学、国際会議への参加を行った部会員3名から視察体験を共有していただき、グループに分かれてディスカッションを行う時間を設けた。
 東京国立近代美術館の端山聡子さんと京都国立近代美術館の松山沙樹さんは、2025年夏にAdobe財団の会議(Adobe Convening)のニューヨーク開催を機に渡米し、会議出席に加えて、現地のミュージアムでプログラム調査を行った。端山さんは、中高生プログラムや若者支援プログラムの企画運営に長くかかわった経験を持つ。発表では、社会における「マイノリティ」とミュージアムとの関わりを支えるAdobe財団の活動趣旨や会議プログラムを紹介し、二ューヨーク近代美術館(MoMA)が拡充を試みるスクールプログラムの情報も共有した。会合第2部のテーマとも言える、頻出単語「エンゲージメント」の解説とともに、「ラーニング」や「エデュケーション」の範疇にとどまらない、広い意味でのアートとの関わりが欧米のミュージアムで重視されていることも紹介。さらに、クイーンズ美術館が主催するリーダーシップ育成のプログラムについても触れ、若者がよりよく生きるためにアートが活用される一例を示した。発表後のコメントでは、教育/ラーニングの部門や担当者だけでなく、美術館としてどう社会課題にアプローチするか館内で考えを共有する努力も必要では、という問題も提起した。
 ニューヨークで端山さんと会議に出席した松山さんは、京都国立近代美術館で「感覚をひらく」、「CONNECT」事業に携わってきたキャリアや関心も活かして、二つのミュージアムのアクセシビリティに関わる活動について発表を行った。1件目がMoMAの目の見えない/見えにくい人向けのプログラムや教材開発について。目の見えにくい当事者であるスタッフが企画・進行する彫刻のタッチツアーのデモンストレーションに参加した体験を、具体的かつ詳細にわたって共有した。また、2件目の事例として、ホイットニー美術館のアクセス・プログラムや、ろう者でアメリカ手話(ASL)を第一言語とするアーティスト(元・同館スタッフ)、クリスティン・サン・キムの展覧会について報告。いずれの館も、障がいのある当事者が主体的にプログラムや展示の運営に関わっている。発表後のコメントでは、ニューヨークのミュージアムが社会における自らの役割を巧みに示し、社会的な正義に結び付けて、説得力ある情報発信を行っていることを指摘した。
 国立新美術館でアーティストと協働したユースプロジェクト「新美塾」の企画を担う吉澤菜摘さんは、2025年秋にオーストラリアの四都市のミュージアムを視察した。発表では、各都市のミュージアムのさまざまな事例を紹介。ニューサウスウェールズ州立美術館の話題を呼んだ企画(Mike Hewsonによる展覧会「The Key’s Under the Mat」)や、2026年の開館を控え公共交通の延伸も計画されるパワーハウス・ミュージアムの話題、リソースが不足する地域の先住民や諸島民の若者を対象とした滞在型プログラム等は、日本では類例があまり見られない取組であり、参加者からは驚きの声が挙がった。オーストラリアでも、アメリカ同様、ある種の「実用性」を備えた、職業選択のためのユースプログラムが積極的に開催されている。さらに、オーストラリアという国の、入植民によって形成された成り立ちや、移民が多い多民族国家であるという特徴が、多文化共生の取組の根底にあるという説明もあった。発表後のコメントでは、どのミュージアムの担当者間でも地域の社会課題が共有され、ミュージアムが課題解決のために変化を起こす機関であることが自認されており、会合第1部で示された、オランダのミュージアムの「社会的介入」の考え方にも通じるという指摘があった。
 発表者相互のコメントの後、ディスカッションのテーマ「自分自身が関わる教育普及活動は、美術館、利用者、社会とどうつながりあい、どのような変化を生み出しているか」が発表され、5~6人のグループに分かれてディスカッションを行った。
 
 参加者からは、以下のような感想が寄せられた(アンケートから抜粋)。
・「アメリカのアクセス・プログラムは対象者や目的が明確とのことでしたが、私自身もアメリカン事例を拝見して同じように感じています。一方で、〇〇障害者とラベリングすることに対しての抵抗のようなものも感じていて、個々への対応(現時点で思いつくのは多様なオプションの提示と合理的配慮)を併せて考えていくことが必要なのではないかと思いました。」
・「『エンゲージメント』という言葉も印象に残っています。自分のなかの、これまで『教育普及』として一括りに考えていた活動のうち、どのように表現すればよいか分からなかったものに言葉が与えられたような気がしました。」
・「私たちは美術史や美術教育に限らずもっと社会や地域の動向にも日ごろから目を向け、学ばなくてはならないのではないかと感じました。」
・「アメリカ、オーストラリアの事例紹介共に、地域や社会課題を認識しながら『社会教育施設』としてのミュージアムの役割を強く感じました。そして『社会教育』がカバーする範疇の広さも考えさせられました。」
・「いずれもとても興味深い報告でしたが、自館の活動に比べ規模が大きいと感じることが多く、その後のグループトークの時間ではつい言葉に詰まってしまいました。」 
 2部にわたる会合は録画し、主に部会員に向けてアーカイブ映像を公開した(期間:第1部の映像は3月11日~4月30日、第2部の映像は3月30日~4月30日、視聴総数101回)。自身が日常的に取り組んでいる活動や向き合っている課題とはギャップを感じる、初めて聞く話ですぐには飲み込めなかったという旨の感想もあったが、日々の活動を館のミッションや社会的正義に照らし合わせ、何のために行うのか自問し直し、俯瞰して現在地を確かめる機会は定期的に設ける必要がある。今回の会合が、参加者自身の日常業務の意義や価値を、再度認識したり定義したりするヒントになれば幸いである。
(報告者:教育普及研究部会幹事/三重県立美術館 鈴村麻里子)

出席者

第1部:68名(部会員67名、事務局1名)
第2部:61名(部会員58名、オブザーバー3名)

教育普及研究部会過去の活動

日時
2026年3月4日(水)
2026年3月17日(火)
場所

オンライン開催

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