第20回地域美術研究部会会合報告

 第20回目の会合は2日間のスケジュールで行った。一日目は島根県立美術館で開催中の「生誕150年 石橋和訓展」観覧するとともに、同館ホールにて会合を持った。柳原一徳専門学芸員、五味俊晶主任学芸員にご発表いただいた。
 柳原氏の「『島根から世界へ~生誕150年 石橋和訓展』について」では、島根出身の石橋が、明治期を通じて「立身出世」していく過程をご説明いただいた。
 明治9年に現在の出雲市に生まれた石橋は、師範学校の教師などから絵の教えを受け、上京して本多錦吉郎、滝和亭に師事して本格的に洋画と日本画を学んだ。さらに旧米沢藩主の子、上杉憲章の随行員として英国に渡り、同郷のロンドン総領事を頼ってジョン・シンガー・サージェントなどに師事している。日本人としてははじめてロイヤル・アカデミースクールに入学を果たし、下村観山や南薫造らとも英国で交流を持っている。大正7年には一旦帰国、帝展で作品を発表したり、犬養毅、渋沢栄一など有力者の肖像画を描いたりしたほか、英国人画家フランク・ブラングィンの版画展を開催するなど英国美術の紹介にも尽力した。松方幸次郎による西洋美術コレクション形成にあたって、両者の仲介を石橋が行った可能性も指摘された。二度目の渡英ではロンドンのチェルシー・アーツ・クラブの会員となり、パリのソシエテ・ナショナル・デ・ボザールに出品するなど、現地で高い評価を得るようになった。
 大正12年からの帰国にあたっては、関東大震災のために東京に入れず、松江に滞在したことで、郷里の風景画などが残されることとなった。まもなく東京の渋谷区常盤松のアトリエに戻ると、若槻礼次郎、後藤新平、東郷平八郎らの肖像画を描き、その評価が確立するかにみえたが、惜しくも昭和3年に51歳で急逝した。
 島根県立美術館では、その前身の県立博物館時代から石橋の調査を継続しており、なかでも滞欧作《美人読詩》(1906年)を美術館開館時のシンボルとし、県を代表する画家として顕彰につとめた。その後も林みちこ氏(現・筑波大学准教授、島根県出身)による石橋、日英交流史研究の成果もあって、今回の回顧展に結び付いたという。
 本展では長年の調査の蓄積によって島根県内での人脈や事績を明らかにしていくとともに、大英博物館やイギリス個人所蔵家への調査も大学と共同で行った成果が示された。日英両方の関係作家の作品も存分に紹介され、石橋の立ち位置が明確に示されて、なるほどと思わせる構成であった。単館で作品を海外からも集め、展示造作も美しく設えられた力の入った展覧会内容に、賞賛の声が上がった。
 五味氏による発表では、「郷里に愛された画家・落合朗風 失われゆく東京出身者の画業」として、令和6年に同館で開催された「落合朗風展」の経緯について明らかにされた。
 朗風の父・常一は出雲市出身で、上京して写真館を営んでいた。東京で生まれた朗風は川端画学校に通い、同郷である京都の画家小村大雲に師事したが、ほとんどは独学で斬新な日本画の表現を切り開いた。大正5年に文展に入選、大正8年にはのちに代表作となる《エバ》を院展に出品する。話題を取り院友にもなるが、2年後には審査結果への不満から脱退する。このとき父の郷里である島根で画会を開き、糊口をしのいでいる。その後は菊池契月の画塾に参加するなどを経て、再び帝展に出品して認められていくが、官展の師弟関係による評価の偏重に不満をもって昭和6年に青龍社に参加する。しかし川端龍子との関係も長く続かず、昭和9年には自らの新団体である明朗美術連盟を川口春波とともに立ち上げる。
 既存団体の枠組みからはじかれていた、若い才能が朗風のもとに集うことになり、明朗美術連盟は画壇に大きな存在感を示したが、昭和12年の朗風自身の急逝により失速した。しかしその理念は歴程美術協会などに引き継がれ、前衛傾向の日本画小団体の発生を促したという。
 五味氏は朗風の生涯でポイントになる地域を挙げ、その時々の活動を関連付けて説明された。すなわち親の郷里で支援者のいる島根県平田、菊地契月門下で不染鉄らと研鑽を深めた京都、大河内夜江らと共同アトリエを構えた神奈川県大磯である。地域を基盤にしてその時々の活動を展開した経験が、明朗美術連盟の理念につながったという点、興味深い考察であった。
 併せて、朗風の作品を所蔵する平田本陣記念館のような小規模館の存続危機、あるいは東京出身の作家作品の継承の難しさについて、地域美術研究という視点で問題提起された。
 続く質疑応答では、イギリスでの調査の具体的な方法や財源についてどのようにしたか、また多くの地縁のある作家のアイデンティティについてどう捉えるか、などの質問や感想が発表者へ寄せられた。
 会合の最後に部会員で打ち合わせを行い、現在編集を進めている論文集「地域美術スタディーズ」について、執筆者とタイトル、章構成等のおおまかな内容を共有し、できれば6月までに発刊するというスケジュールを確認した。
 会合二日目は松江駅からバスを貸し切り、鳥取県伯耆町にある植田正治写真美術館に移動して自由観覧した。山陰の風景や人々を被写体にした数々のモノクロ写真は見応えがあり、松江や鳥取砂丘など、土地の空気感を保ちつつモダンに再構成する、写真家の姿勢が興味深かった。また、高松伸によって設計された箱型の建築は印象的で、大山を背景に植田の写真をまねてステッキや風船を持って写真が撮れるスポットなど、遊び心のある仕掛けもあって楽しかった。 
(福島県立美術館 増渕鏡子)

出席者:1日目16名(部会員9名、発表者2名、事務局1名)、2日目6名(部会員5名、事務局1名)

部会長:速水 豊(三重県立美術館長)〇
幹事:藤崎 綾(広島県立美術館)〇
幹事:迫内祐司(小杉放菴記念日光美術館)
幹事:重松知美(北九州市立美術館)〇
幹事:増渕鏡子(福島県立美術館)〇
古家満葉(静岡県立美術館)〇
野村英子(勝央美術文学館)
廣瀬就久(岡山県立美術館)
一柳友子(香川県立東山魁夷せとうち美術館)
山梨俊夫(全国美術館会議事務局)〇
発表者:
柳原一徳(島根県立美術館)
五味俊晶(島根県立美術館)
〇:2日目参加者

地域美術研究部会過去の活動

日時
2026年3月13日(金) ~2026年3月14日(土)
場所
島根県立美術館 ホール