全国美術館会議:緊急時のための常備用資機材

 美術館が災害に襲われたときに初動で利活用できる資機材を、それぞれの会員美術館、あるいは都道府県域本部館等、または広域ブロックで常備しておくことを推奨します。この資機材リストは、その準備を行うためにつくられました。リストにあげられたすべてを網羅的に揃えることは難しいとしても、所蔵する作品・資料、あるいは展示する作品・資料の種類や性質に合わせて、また地域の美術館どうしで共有できる資源として、常備を検討するよう提案いたします。
 一般社団法人全国美術館会議(会長:建畠晢)は、1990年代より、美術館界を広く支えるものとして災害対策を重視してきました。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、そうした対策の成果が具体的に試される出来事でした。その後、全国美術館会議として救援活動などに向かった災害は、1998年9月24日の高知水害、そして、2011年3月11日の東日本大震災という、複数の県にまたがり、津波被害を含む史上最大級の地震災害です。また近年では、2019年10月12日に関東地方を襲った台風19号による水害が発生し、2年半が経った2022年5月現在も、その救援活動が継続されています。
 全国美術館会議はこれらの災害に臨んで、文化庁をはじめ多くの機関、組織、専門家と協働し、様々な活動に参加してきました。そうした活動に関わった者たちによって多くの課題が見出され、多くの反省が生まれ、そのすべてに最適解を導くことはできないものの、なにがしかの遺産を一つずつ残していくことになりました。災害が発生する前から、その危険性の大きさや様態を具体的に評価し、複数の準備を整えておくべきだという考え方もその一つです。準備がなかったばかりに失われてしまうものが少なくない、ということを現場に立ち会った関係者は実感してきました。
 そうした事前準備すべきものの一つが、この資機材リストです。その出発点は、阪神・淡路大震災の際に国立西洋美術館から被災地に持ち込まれることになる、すでに同館内に常備されていた「仮処置救急箱」の資材です。それらは余震の続くなか様々に想定される局面で、使用可能性があるものとしてライトバンに積載されて移送されました。実際に役立ったもの、数量が不足したもの、逆に結果的には不要であったものなども含まれており、救援と調査活動を終えた後、1996年5月に刊行した『阪神大震災美術館・博物館総合調査 報告Ⅱ』に、「緊急調査・応急処置用資材リスト」として公開されました*1 (作成:田中千秋、田中善明)。資機材はその後、高知水害や東日本大震災における文化財レスキュー活動で活用されるとともに、補充、補完されましたが、東日本大震災後に整理したリストはウェブ上で公開されています。*2
 川崎市市民ミュージアム被災収蔵品レスキュー活動に用いた全国美術館会議の資機材を、2020年から21年にかけて関係者が集まって総点検、補充、再リスト化するなかで、「平時から各館が常備することが望ましいリストを作成してはどうか」という話が持ち上がりました。これを機に、全国美術館会議災害対策委員会(委員長:佐々木吉晴)は、ワーキングを立ち上げ、2021年12月から5か月間、リストづくりに取り組みました。

緊急時のための常備用資機材リスト作成ワーキングメンバー
邊牟木尚美(チーフ、災害対策委員、国立西洋美術館)
貝塚健(サブ、災害対策副委員長、石橋財団アーティゾン美術館)
伊藤由美(神奈川県立近代美術館)
小林豊子(総務担当幹事、全国美術館会議事務局)
杉浦央子(川崎市市民ミュージアム)
田中善明(災害対策委員、サイトウミュージアム)
橋口由依(神奈川県立近代美術館)
浜田拓志(個人会員、国立文化財機構文化財防災センター)
遊免寛子(兵庫県立美術館)

協議と執筆・編集を進める6回の会合のなかで、災害対応の初動時(被災場所からの緊急搬出時)に保存修復の専門家が立ち会えることは稀であることから、リストは専門家や学芸員のためのものとするよりも、美術館職員だれでもが使えるものにするべきだという方向性を確認しました。また緊急搬出後の応急処置作業には保存修復の専門家が立ち会い、指導することが多いことから、応急処置に用いる専門的な資機材は、この初動時用のリストから省くことも確認しました。項目解説だけでなく、それを補う画像を付けることも試みています。
 また私たちは、資料として時間をかけて完璧なものをめざすことよりも、多少不完全であったとしても、まず公開して多くの人に示すことに、より大きな意義を感じています。リストの中には、保留している項目も含まれており、今後随時、追加や修正が行われていくことになります。印刷物ではなく、全国美術館会議の公式ウェブサイトで公開することに、新しい知見や課題、考察にも開かれたリストであることが示されています。あるいはまた、次世代の災害救援体験によって、より充実したリストに近づくよう上書きされることも願っています。また、美術館以外の館種の方々や、文化財保存修復の専門家からの建設的な批判も心より歓迎いたします。このリストは私たちだけの成果ではなく、災害救援に関わるすべての人の成果に育っていくことを信じています。
 最後になりましたが、これまで多大なご協力、ご支援をたまわりました関係者のみなさまには、あらためて厚くお礼申し上げます。この資機材リストにたどり着くまでには、お名前を一つひとつあげることのできないほど多くの関係者、関係機関の、様々な営為と努力、情熱が必要でした。ここでは、あえて4人の物故者にだけ言及することにいたします。阪神淡路大震災で自館が大きく被災していたにもかかわらず、地域のなかの美術館の在り方を真摯に考え、日本の写真史で欠くことのできない重要作家のアトリエのレスキューを主導された故中島徳博氏と故河﨑晃一氏。高知水害の際に全国美術館会議企画担当幹事として真っ先に被災美術館のレスキューを率いた故上村清雄氏。阪神淡路大震災、高知水害、東日本大震災という3つの災害のレスキューに中心的に参画し、またこの資機材リストのプロトタイプともいうべきものを作成された故田中千秋氏。これらの方々の思いが、このリストの行間に滲んでいるように思えてなりません。

2022年5月31日
貝塚健(石橋財団アーティゾン美術館)


*1:このリストは文化庁のホームページでも公開されている。
https://www.bunka.go.jp/earthquake/taio_hoho/pdf/jyoho_04.pdf

*2:『全国美術館会議 東日本大震災文化財レスキュー事業記録集』pp.403〜407
http://www.zenbi.jp/data_list.php?g=93